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グローバルワークプレイス事業本部

コーポレートスタッフ | 事業リーダーコース

北室 健人 2017年新卒入社

北室 健人

の社会の拓き方

やってみる。言ってみる。
だれかが必ず見ていてくれる。

数字を追いかける楽しさを、
全社に広げたい。

数字を追いかける楽しさを、
全社に広げたい。

商品の垣根を越え、事業の垣根を越え、全社視点での戦略推進を担うのが経営企画室の北室健人。入社6年目だった2022年以降、新規事業の立ち上げや第4次中計の策定・推進、生産性改革など複数のプロジェクトを経験し、幾度もリーダーを務めてきた。

僕はコクヨってすごくいい会社だと思っています。技術ドリブンじゃなく、「あ、そこに気づいてくれたの?」みたいな温かい商品を出すでしょう。社員も真面目で、正直者が損をしない会社だと思います。一方で、売上などの数字に対しては、もっと感度を上げていかないといけないところがあると思っていて。戦略担当の人だけじゃなく、全員で納得して数字を追っているような姿をつくりたい。何千人に向かって「数字を追うのって面白いことだよ」を伝えるスキルが僕はまだまだです。

プロジェクトリーダーとして、いまだ事業にインパクトを出すほどの成果を残せていないことを「参加してくれるメンバーに申し訳ない」と北室は自己反省する。一人ひとりに「時間をかけた甲斐があった」と少しでも思ってもらえるようにと願い、奮闘する北室を、慕う仲間は多い。そんな彼のキャリアはもともとオフィス家具を製造する三重工場の一画から始まっている。当時生産管理に新卒が配属されたのは10年ぶりだったという。

三重工場という配属先があることすら知らなかったから、びっくりしました。しかも生産管理といっても自社工場ではなく、協力工場のラインの担当。社内のメンバーと仕事をする機会がないので、全然仲良くなっていかない。正直「つらいな」と思っていました。自分はこのままだれにも気づかれずに終わるのかな、って。

鬱屈し、孤独感を募らせる。その姿を見ていた上司が、「そろそろ工場の中の仕事もやってみるか!」と三重工場内の小さな生産ラインを担当させてくれた。2年目の半ばのことだった。

数字を追いかける楽しさを、
全社に広げたい。
現場にちゃんと足を運ぶ。
数字の中身を見るために。

現場にちゃんと足を運ぶ。
数字の中身を見るために。

2年目から3年目。社内の小さな生産ラインから始まり、徐々に任されるラインが大きくなっていく。北室が生産管理の面白さに気づいたのはこの頃だった。

生産管理って基本的には数字を扱う仕事なんですよ。在庫を極小化して、販売の予測をして、生産計画を立てていくっていう。ところが自社工場の生産ラインを持つようになり、現場の人と密にコミュニケーションをとっていると、「こんなやり方をすれば、これくらい生産能力が上がるんじゃないか」という数字以上のものが見えてきた。しかも大きなラインになればなるほどダイナミックに動かせて面白い。で、気づいたんです。1年目で協力工場のラインをやっていたときも、同じだったんじゃないかって。現場に頻繁に足を運べば、あのときも中身まで見えてきたはずだから。

自分の取り組み方が、仕事の面白さを左右していたのか!掴んできた北室は、もっと現場に踏み込んでいくようになった。例えば目標の生産値に届いていないラインでは、作業ごとのタイムを測って現場の人と一緒に順番や動線を組み直し、さらには技術の人と連携して製作のための道具をつくってもらう。現場の人には、製造された家具が納品されたお客様のオフィス写真を手に「このラインがいかに重要で価値を生み出しているのか」を伝え、心を一つにしたという。生産能力は次第に上がり、自ずと数字も改善。奮闘する北室に、ある日一つの打診があった。

4年目に、老朽化した生産管理システムを刷新するプロジェクトにアサインされたんです。三重工場と芝山工場、両方での刷新です。僕にとって初めての、工場を跨ぐ規模の共同プロジェクトでした。

現場にちゃんと足を運ぶ。
数字の中身を見るために。
もどかしくて、思わず動いた。
それが自分の殻を破った。

もどかしくて、思わず動いた。
それが自分の殻を破った。

結論だけ言うと、そのプロジェクトは事業方針の見直しなどもあり、延期となった。しかし北室にとっては自分の殻を破る重要な転機となった。自ら資料づくりや投資対効果のシミュレーション、三重工場内の会議体設立などを買って出るうち、「頑張っているね」と“三重工場側のリーダー”に任命されたのだ。芝山工場のリーダーとも仲良くなり、行き来する関係が始まる。

リーダーになろうとしたんじゃなくて、プロジェクトを進めたい一心で思わず動いただけのことです。リーダーじゃないから手を出しちゃいけないなんてことはないし、動いてみれば、それを見ていてくれる人がいるんだと分かりました。遠慮しなくていいんだと。

プロジェクトが中断する頃、北室の胸には「そろそろ次のチャレンジに進みたい」という思いが広がっていた。企画職への興味も膨らみ、熱意を会社にぶつける。「いつか一緒に仕事ができたらいいね」と言ってくれる人がいた。その人が次の上司となる形で、北室は品川に異動。6年目以降の活躍は、冒頭の通りである。

僕は得しています。工場という最も狭く深いところから始まり、事業戦略や経営企画という最も広い視野を持てる部署まで10年弱で経験できたからです。でも、かつての自分みたいに「埋もれているんじゃないか」と悶々としている人も社内にはきっといます。僕は、そういう人と一緒に面白いプロジェクトがしたい。いつか、上司が僕にしてくれたみたいに、次のステップへ後押しできたらいいなと思っています。

今、三重工場では北室が最後に手がけた生産管理システム刷新プロジェクトが再始動している。現場で頑張る後輩に、北室はかつてのノウハウを惜しみなくバトンした。