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グローバルワークプレイス事業本部

事業戦略 | 事業リーダーコース

大貫 遥 2022年キャリア入社

大貫 遥

の社会の拓き方

ブランド変革の急所を突き、
巻き込んで、巻き起こせ。

「できますか?」じゃなく、
「やるためにどうするか?」がスタート。

「できますか?」じゃなく、
「やるためにどうするか?」がスタート。

文房具の会社から、好奇心の会社へ。そんな認知変容を仕掛けてきた急先鋒が大貫遥である。転職1年目にして人気バラエティ番組への全面協力を企画・主導。コクヨの品川オフィス「THE CAMPUS」を舞台に芸人たちが怒涛のネタを繰り広げ、なんとコクヨの社員たちもコントに参戦した。 

社外のステークホルダーだけではなく、社員にとってもコクヨのイメージを変える起爆剤になったと思います。「この企画を受けられる、度量の広いコクヨ」として。もともとコクヨは新聞をはじめとする経済メディアへの露出が得意で、他のメディアに対してはリソース状況もあり「その時々でコクヨの出したいメッセージと合致する企画なら受ける」と選別するスタイルでした。しかし、バラエティやWebメディアの企画も切り口次第で今までにない価値に繋げていくことはできますし、採用にも効果がある。そうしたことを社内に向けて説得しながら、より多様なステークホルダーへコクヨをアピールできるよう情報発信媒体のバランスを変えていこうとしていました。 

すんなり通ったわけではない。平日のオフィスにはお客様も訪れるし、商談も行われる。そこにカメラを入れるだなんて、本当に大丈夫か?しかし大貫は各部署に「この収録、できますか?」とは言わなかった。「やるためのハードルがあるとしたら何ですか?」と聞いて回り、懸念を一つずつクリアした。

この案件に限らず、広報視点でのメリットだけ話していても社内の賛同は得られません。事業側のメリット・デメリットを分かって話す、あるいはメリットを感じてくれやすい立場のキーマンから先に巻き込む必要があり、入社直後はその要領を掴むまでに苦労はありました。ただ、一つでも実績ができればその反響を材料に次の話ができる。それを積み重ねながら、少しずつ仕事のスピードを上げました。

「できますか?」じゃなく、
「やるためにどうするか?」がスタート。
コクヨが一人の人だったら、
だれのことを推すだろう?

コクヨが一人の人だったら、
だれのことを推すだろう?

実はメディアバランスの見直しは、三段階あるブランディング戦略の第一フェーズにすぎない。第二フェーズで大貫たちが企てたのは「ファンダムを活用したコーポレートブランディングモデルの確立」だ。 

背景として、テレビCMを打った直後はブランドリフトするものの、CMが終わるとどんどん下降して、現状回帰することが課題に挙がった時期でした。CMは大きな費用を必要とするので、常に実施できるわけではないし、コンビニのように全国に生活者との接点があるわけでもない。じゃあどうすれば点ではなく線で世の中とコミュニケーションをとっていけるだろう?考えた結果、コクヨのブランドメッセージを体現するような存在をスポンサードする、つまりは“推す”ことで、同じファンダムに属すファンたちにコクヨのことも好きになってもらえないかと考えたんです。最初の“推し”に選んだのは、元・テレビ東京のプロデューサー、佐久間宣行さんでした。

佐久間氏は、いち会社員としての役割を超えた人物だ。もともと一つの働き方には縛られておらず、フリー転身後もネットの番組制作や出演、本の執筆と活躍の幅を広げている。表の顔=“A面”だけでなく、“B面”を大事にして前向きに働く姿がコクヨと重なった。まずは佐久間氏がパーソナリティを務めるラジオ番組「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」をコクヨが協賛。ラジオを聴く濃密なファンを「コクヨって佐久間さんを一緒に応援してくれる仲間なんだ」と味方につけたうえで、特番やパブリックイベントへと協働の場を広げた。

佐久間さんのみならず、芸術、料理、音楽など、さまざまな分野で自律的に活躍する方と協働することで、次第に「コクヨとはどういう人を応援する会社なのか」という人格イメージが形成されます。結果、好きなものが一緒なコクヨのことも好きになってもらえる。2025年からはロックバンドのくるりとも多方面でご一緒しています。

コクヨが一人の人だったら、
だれのことを推すだろう?
一段目から登れるって、
なんて面白いんだろう。

一段目から登れるって、
なんて面白いんだろう。

第三フェーズとして、コクヨ120周年の「好奇心」を軸にしたリブランディングを手掛けたのち、大貫は一旦コーポレートコミュニケーション室を離れた。次の舞台はグローバルワークプレイス事業本部グローバルマーケティング部。グローバル戦略立案を担っている。

転職直後から成果を出せたのは、上司が僕にガバナンスをかけすぎず、ストライクゾーンを広く捉えて「やってみなよ」と言ってくれたからこそ。とても濃密な、コーポーレートコミュニケーション室での3年間でした。ただ自分のキャリアの最終的なゴールをCBO(Chief Branding Officer)もしくはCMO(Chief Marketing Officer)と設定したときに、足りない経験がいくつもあって。その代表的な一つが“事業の上流から下流までの理解”。そこに加えて、自分のキャリアの方向づけをしたい要素が“グローバル”。ここに挑戦したい旨を会社にも伝えていたんです。 

この数年間で、コクヨの見られ方は変わった。社外から「コクヨ、最近面白いよね」と言われることが増え、横並びで比較されるのも同業種ではなく「クリエイティビティの創出」で想起される企業へと変化。「10年以上前のコクヨを知っていたら、もっとギャップを感じられたんだろうな」と大貫はちょっと悔しげに笑う。では今から10年後、大貫はどんなコクヨを、そしてどんな社会をつくるだろうか。

私は自分のやりたいことを発信し、賛同者を巻き込んで一緒に実現していく生き方が好きです。それを経年で大きくしていった先の、最終形がコクヨの掲げる“自律協働社会”なのだと理解しており、そこに心を重ねています。ただグローバルに見ればコクヨは社名の認知度すらまだまだで、今ようやく目標までの階段の段数が多少見えてきた程度です。それを一段目から自分の足で登っていき、コクヨをグローバルカンパニーにする一端を担えることが、私にはとても魅力。新しい領域は、やはりすごく楽しいですね。