PEOPLE

グローバルワークプレイス事業本部

事業戦略 | 事業リーダーコース

重田 昌博 2008年新卒入社

重田 昌博

の社会の拓き方

守備範囲は自分で拡げる。
自分が今後の前例になる。

人と組織の可能性を最大化する
「場」の最適解を形にする。

人と組織の可能性を最大化する
「場」の最適解を形にする。

2026年5月、90年ぶりに移転し、営業を開始したコクヨの大阪本社。グローバルヘッドクォーター「KOKUYO HQ」として、コクヨ社員の働く姿を見学できる「ライブオフィス」も新しく生まれ変わった。この場所を戦略拠点とし、グローバル企業への営業活動を推進しているのが重田昌博だ。

文化や商習慣が違っても、人が集まり、熱が生まれるオフィスというリアルな場の価値は普遍的だと思います。学生の頃に関わったインドネシアでのNGO活動で、オフィス環境の改善で現地の方々のモチベーションや表情が変わるのを見て、場の大切さは万国共通だと感じたのが自分の原点。人と組織の可能性を最大化するワークプレイスを世界中の働く場に実装していく一助になりたいと考えています。

グローバル営業の最前線で指揮を取る重田だが、キャリアの始まりは家具の生産管理だった。当時は自社工場だけでなく、外部の協力工場と一緒にものづくりをする割合が多かった。商品や部材一つひとつに対して、それぞれの工場と生産計画を立て、コストを抑え、確実な調達を実現するのが役割。その難しさから、周りはベテラン社員がほとんどで、新入社員が配属されることは少ない部署だった。

バリューチェーンの一番上流で、小さな部品づくりから多くの人が関わっていることを学んだ5年半でした。向き合っていたのは、人生をかけてものづくりをしている協力工場の経営層や現場責任者の方々です。分かっていないと叱られることもありました。その頃はリーマンショック直後で、コクヨからの発注も減らさざるをえなかった厳しい時期。ものづくりをどうやって存続させていくかを現場の方と一緒に考える日々もありました。

人と組織の可能性を最大化する
「場」の最適解を形にする。
お客様を強くするにはどうするべきか。
単なる利害一致を超えて一つになる。

お客様を強くするにはどうするべきか。
単なる利害一致を超えて一つになる。

協力工場の方々と関係を築き、タフな交渉も担うようになっていた重田に、会社から新しいオファーが届く。ジョブローテーションの制度で、次はオフィス家具の営業をしてみないかという提案だった。大阪から東京へ。ものづくりからフロントへ。6年目での新たなチャレンジの機会を重田は引き受ける。

今度はバリューチェーンの下流に来て、調達する立場から、売る立場になるというのは、全く逆の目線になる感覚でした。既に営業部にはバリバリ活躍している同期入社のメンバーもいて、どうすれば彼らに追いつけるのか分かりませんでした。でも、自分にも5年半で身につけた力はあるはずだと、とりあえず3年、必死でやろうと思いました。

電力や鉄道といったインフラ系企業を担当する部署だった。メインの最大手は既に先輩たちが切り拓いており、重田が入り込む余地はなかった。だが、よく見ればインフラ系企業にも、不動産事業や建設事業を行う会社、その不動産物件に入居するスタートアップなど、新規取引先になりうる幅広いターゲットがある。先輩たちがまだ注力できていないグループ企業、関係企業へのアプローチを自分はやろうと、重田は戦略を立てた。

それぞれの会社のキーパーソンを探り、その方が成果をあげてより大きな役割を担っていくために自分は何ができるかと考えるのが私のやり方でした。会社を強くするためにはどうするべきなのか。そのためにはオフィスという資産をどうすることが最適なのか。コクヨの家具を売るというのは最後の最後。その手前から、その方と同じ視点に立って考え、お手伝いすることを目指していました。

お客様を強くするにはどうするべきか。
単なる利害一致を超えて一つになる。
やらざるをえない状態に自分で
持っていく。そしてやり抜く。

やらざるをえない状態に自分で
持っていく。そしてやり抜く。

部署の中でも異質な動きで、徐々にお客様の信頼を獲得していた重田に、1年半ほど経ったとき、大きな相談が舞い込む。「半年で会社の立ち上げをする必要がある。しかも本社だけでなく全国に拠点をつくる。そのためには何が必要で、どう進めるべきかから一緒に考えて、プロジェクトをマネジメントしてほしい」。オフィス家具営業の守備範囲を大きくはみ出す、社内にも前例のない相談だった。

やりますと答えて、やらざるをえない状態に自分で持っていきました。この人と一緒に立ち上げを全部やり抜くと決めました。会社の登記や印鑑づくりから、電話も複合機も社内システムもすべて必要。社内外のプロフェッショナルに頭を下げて教えを請いながら、ここまでにこれをやりましょうとマイルストーンを組んで、コクヨで提供できないものは他のサプライヤーを探し、私がとりまとめていきました。

全力疾走の日々を過ごし、複数拠点を持つ法人の半年での立ち上げが完了する。「あなたがいなければ完成しなかった」。重田の尽力が周囲の関係者に伝わり、その後、さまざまな関係者から多くの依頼が来るようになる。営業の仕事に遅れてジョインした重田がグループリーダーとなり、部下の育成やマネジメントも担うようになっていく。

今思えば、生産管理をしていた頃、協力工場の皆様と、不況下でも工場をどうすればより強くできるかを一緒に考えたり、話し合っていたんです。それが自分の営業スタイルに繋がっているのを感じます。

すべての経験を力にして、常に人に向き合って、重田の挑戦が世界に展開していく。