PROJECT STORY 04

やる気ペンシリーズ

それはだれが幸せになる?
失敗「見守りペン」
逆転劇。

2019年に発売されたコクヨ初のIoT文具「しゅくだいやる気ペン」。これまで“文房具総選挙2024 1位”や“ゲーミフィケーションアワード2025”など数々の賞に輝き、累計6万台を販売するヒット商品だ。単なるデジタル文具ではない。このペンが生み出したもの。それは子どもが「書きたくなる」という学び体験と、親が「ほめたくなる」という親子のコミュニケーションだ。この発展系として、2025年に発売された「大人のやる気ペン」も、独りで机に向かい勉強する人の心をつかみヒット中。「日経トレンディ2025年ヒット商品ベスト30」選出などで注目を集めている。コクヨの新しい地平を切り拓いた本プロジェクト、実は大失敗からのスタートだった。

それはだれが幸せになる?
失敗「見守りペン」
逆転劇。

2019年に発売されたコクヨ初のIoT文具「しゅくだいやる気ペン」。これまで“文房具総選挙2024 1位”や“ゲーミフィケーションアワード2025”など数々の賞に輝き、累計6万台を販売するヒット商品だ。単なるデジタル文具ではない。このペンが生み出したもの。それは子どもが「書きたくなる」という学び体験と、親が「ほめたくなる」という親子のコミュニケーションだ。この発展系として、2025年に発売された「大人のやる気ペン」も、独りで机に向かい勉強する人の心をつかみヒット中。「日経トレンディ2025年ヒット商品ベスト30」選出などで注目を集めている。コクヨの新しい地平を切り拓いた本プロジェクト、実は大失敗からのスタートだった。

PROJECT MEMBERS

  • 中井 信彦

    イノベーションセンター やる気ペンユニット ユニット長

    大手電機メーカーから2013年にキャリア入社。前職ではエンジニアとして液晶テレビなどの開発や商品企画を担当。最先端技術を優先する世界から脱出し、本当に生活に役立つものをつくりたいとコクヨに転職。「やる気ペン」を発案した開発責任者。

  • 山形 潤

    イノベーションセンター やる気ペンユニット

    大学で情報電子系を専攻していたこともあり、「アナログとデジタルを掛け合わせた製品を世に出したい」という思いで、2006年新卒入社。「やる気ペン」では外部パートナーと共に、ハードウェアとアプリの両方を仕様策定から試作・開発・製造・改良までの一連を担当。

  • 田中 克明

    イノベーションセンター やる気ペンユニット

    半導体メーカーのエンジニアとして活躍し、MBA(経営学修士)を取得後、コクヨにキャリア入社。以来20年以上にわたって新規事業開発に従事。「やる気ペン」ではBtoB事業の運営や法人営業、ECサイトでの販売管理や受発注管理、会計などの運営を担当。

  • 三村 和香

    イノベーションセンター オープンラボユニット

    2018年に新卒で入社。外部企業と連携し、既存事業の枠を超えたプロトタイプづくりと価値検証を推進する“オープンラボユニット”に所属。「やる気ペン」では、広報PR的な立ち位置で、ユーザーとの双方向なコミュニケーションを生む機会づくりを担当。

FLOW

  • 2016年

    IoT文具「見守りペン」開発スタート

  • 2017年8月

    需要が見込めず開発中止 

  • 2018年3月

    ユーザーの声をひたすら聞き、方向性を転換

  • 2018年

    プロトタイプをクラウドファンディングへ出品

  • 2019年

    「しゅくだいやる気ペン」発売

  • 2022年

    大人向けの商品に開発着手 

  • 2025年5月

    「大人のやる気ペン」発売

  • アナログ文具×IoT技術で
    新たな価値提供に挑む。

    「しゅくだいやる気ペン」。まるでネコ型ロボットのポケットから出てきたような名前だが、魔法の道具ではない。それは「子どもが自発的にやる気を出す」ことをテーマに挑んだ、コクヨのIoT文具だ。

    対象は主に小学生。鉛筆に取りつけるペンクリップのような本体には、加速度センサーを内蔵。鉛筆が動く量によって10段階の色で光る。この光は「やる気パワー」と呼ばれ、子どもの意欲をかりたて、また連動するアプリは「やる気パワー」によってキャラクターが成長するなどゲーム要素がほどこされている。

    子どもたちは「今日はここまでやったよ!」と親に見せたくなり、親もスマホのアプリで結果を見ながら「よく頑張ったね!」とほめたくなる。親子のフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを生み出し、新たな学び体験を創造する。これが世の中に対して、プロジェクト責任者の中井をはじめとするメンバーが目指してきた答えだ。

    「しゅくだいやる気ペン」の開発がはじまったのは、2016年まで遡る。中井は当時を振り返る。「時代的にIoTが流行っていたので、アナログの文具と組み合わせて何か世の中に役立つものができないかと考えていました。また社会的には共働き世帯が増加。子どもの学習内容が複雑化して勉強が大変になっていた時期でした」。

    コクヨだからこそ“書く”という部分にフォーカスしながら、IoTという技術を使って社会課題をどう解決していくか。当初、中井が考えたテーマは今とはちがったものだった。「親は共働きで、きっと子どもの勉強が見守れずに困っている。それならばシャープペンシルにセンサーをつけて、職場に居ながらどのくらい勉強したか親が分かるもの、つまり“子どもの見守りペン”が必要だと確信しました」。

    秘密裏に1年ほどかけてプロトタイプを作成。さて、これから世の中に出すために市場の声を聞いてみようとアンケートを実施。色よい回答を予想していた中井の期待は、見事に裏切られることになる。

  • 開発ストップで、崖っぷちへ。
    見えない答えは、ユーザーの中にある。

    プロトタイプまでつくった“見守りペン”。アンケートの結果、回答した人の80%以上は「子どもの勉強の見守りはできています」という答えだった。いやいや、そんなバカな。なんなら世界一を目指す勢いでつくってきたのに。「ショックですよね。1年かけてだれも欲しくないものをつくっていたんですから」。

    結局、“見守りペン”は開発中止へ。普通ならプロジェクト解散かもしれないが、中井は「もう少し時間をください」とあきらめなかった。振り返るに、商品というよりもプロセスが悪かったんじゃないか。そんななか、たまたま読んでいたビジネス本の一説に衝撃を受けた。「そこには『使う人がどう幸せになれるかが重要だ』と書かれていました。そうか、エンジニア出身の自分はどの技術がいいとか、どう使ってほしいかばかりで、ユーザーの幸せをイメージできていなかったんだと気づきました」。

    幸せなユーザーをどうつくり出すか。身近な人に聞きながら、試行錯誤を繰り返すなかで、子どもたちが大喜びしたのが「ペンが光る」という機能だった。この光景を見て、なにかしら子どもたちを幸せにするものができそうな手応えがあった。しかし一方で、「実は子どもたちがどんなときに、どのようにペンを使うのかよく知らなかったんです(中井)」。

    分からないときはユーザーに聞こうと、今度は徹底的に「小学生の宿題シーン」を探る。当時、アプリ開発で苦戦していた山形は、「宿題をする子どもと親の姿を、何十組も動画で撮影させてもらいました。すると、子どもはすぐに集中力が切れてペンを唇に乗せたりして遊びだす。すかさずお母さんが『勉強しなさい!』と怒る。そんな光景を見て、ああ、どちらの立場も分かるなあと。はじめて“自分ごと化”できました」。

    そこから見えてきたのは、親は見守りたいのではなく、子どもの勉強を通してコミュニケーションをとりたいという想いだった。製品開発の軸は「見守り」から「親子の関係」になった。

  • 「こんなの2日で飽きちゃうよ」。
    毎日コミュニケーションできる
    仕掛けとは?

    当初のプロトタイプは、鉛筆を動かすほどに「やる気パワー」がたまり、アプリには頭から出た木が育っていき実をつける、というシンプルなものだった。市場の意見を聞いてみたいということで使った手段がクラウドファンディング。応援してくれた親子を招いて企画会議を開催した。

    「集まった親から言われたのは、『こんなの子どもは2日しか続きませんよ、あなたたち、分かってないでしょ』と(山形)」。もちろんショックだったが、真正面から受け止めるしかない。「子どもたちが明日も続けようと思えるようなもの、親子のコミュニケーションが毎日とれるようなものは何か。欠けたピースを本気で探す旅に出ました」(中井)。

    どんなコンテンツがあればいいのか。あみだくじは?パイナップルがすくすく育つのはどうだろう?盆栽集めとかいいんじゃない?アイデアを出しては、身近な人たちに確かめて「ユーザーの幸せ」に近づけていく作業を繰り返す。そして最終的にたどり着いたのが“すごろく”というアプローチだった。

    「すごろくのコマを進めるとアイテムがゲットできたり、ゴールにたどり着くと親からご褒美がもらえるような設定ができたり。ご褒美を何にするか、親と決めることでコミュニケーションにもなる。これまでケンカの種だった宿題が、親子で話をする機会に変わる。これでいける!と思いました(山形)」。

    一方で、機能はそぎおとす。「例えば、『遠く離れたおじいちゃんが見られる機能をつけてほしい』といった要望もありますが、あえてできませんとお伝えしています。使い方によっては「監視ツール」になってしまいますから(山形)」。

    子どもたちが「今日こんなに頑張ったよ」とガッツポーズを親に見せられるような体験をつくる。親は「よく頑張ったね」と声をかける。そんな幸福感あふれるIoT文具として、2019年春、いよいよ一般販売へと踏み切った。

  • 「コクヨさん、ありがとう」。
    子どもからの手紙に涙した日。

    子どもの勉強というまじめな世界に、ゲームの世界を持ち込んでしまった。世間から叩かれるんじゃないか。中井は「発売するのがすごく怖かった」と言う。しかし、そんな思いはあっさり裏切られ、初回生産分は即完売するほどの大ヒットとなった。

    ユーザーからの反響は大きかった。「もっと書くものない?」「ドリルが足りないよ」と子どもからせがまれた、など喜ぶ親の声がメンバーのもとに続々と届いた。

    「あるお母さんが『書くのが苦手だった子どもが初めて手紙を書いたんですよ』と感激して、その手紙を送ってくれました。そこには『コクヨさん、ありがとう』と力いっぱい書いてありました。もうね、号泣です。自分たちのつくったものを、たった一人にでもそう言ってもらえることが、こんなに嬉しいなんて。これがユーザーの幸せの実現なんだと(中井)」。

    基本的には個人ユーザー向けの商品だが、企業からタイアップのオファーもきた。BtoB関連の交渉を担当する田中は、「例えば通信教育の会社さん。継続してもらいたいけれど、なかなか子どもが続けられない。だから「しゅくだいやる気ペン」で何かできないか、と相談をもらっています」。教育業界などが抱える課題解決に役立つ可能性は大いにある。

    商品の物流・受発注・会計処理、DtoC販売促進の標準化など、「事業」として成り立つために必須の役割も田中が担っている。

    2025年10月時点で累計販売数は6万台を突破。しかし、商品を売って終わりではなく、「学び続けてもらう」ことを目的としたさまざまな機会を設けている。その広報やイベント企画を担当するのが三村だ。「ユーザーの思いを開示できるようにインスタライブなど双方向でやりとりできる機会をつくっています。また「YARUKI ON(やる気ON)」という学びを応援するオウンドメディアで、有用な情報を公開しています」。

    ユーザー親子19組38名が集った「やる気フェス2023 SUMMER」。オウンドメディア「YARUKI ON(やる気ON)」では、イベントの他にもユーザーのさまざまな「やる気」にまつわるエピソードが紹介されている。

    話は前後するが、発売直後からSNS上では「大人用に『仕事やる気ペン』はないですか?」という類の投稿が次第に書き込まれるようになってきた。「大人ですがガチで使っています」という投稿に何百もの“いいね”がつくこともあった。そろそろ、大人向けの出番かもしれない。

  • 人の幸せとは、学び続けること。
    「やる気」を提供する事業へ。

    2022年から大人向けの構想がスタート。資格取得やキャリアアップのために学ぶ大人たちにインタビューを行い、そこから見えてきたものは「孤独」だった。中井は言う。「大人は勉強してもだれもほめてくれません。独りで頑張らないといけない。毎日やるべきなのに、できないという罪悪感を持つ人も少なくありません。そんな大人の頑張る人たちを応援できないかと考えました」。

    勉強量に応じてすごろくが進むのは「しゅくだいやる気ペン」と同じ。大人向けは、アバター化した他のユーザーと出会え、それぞれの目標や勉強法を知ることができる。また、ユーザー同士でコメントに“いいね”をつけることもできる。それ以上のコミュニケーションはあえてとれないようにしているが、「よし、自分も頑張ろう」という励みになる仕掛けだ。

    大人の使用シーンを想定し、シャープペン、ボールペン、スタイラスペンなど、さまざまな筆記具に装着でき、付けていることを忘れてしまうほどの軽量設計を実現。

    2025年1月にクラウドファンディングを実施したところ、なんと目標金額の6910%という記録的な数字をたたき出した。2025年5月から発売し、4カ月で1万台を突破した。

    「独りで奮闘するユーザーがお互いに認め合いながら“いいね”と素直に言える世界をどんどん広げていきたいですね」。そう話す三村の目には、既に目指す未来が映っている。

    ときにはユーザーの声を受けて、広報PRの方針を見直すことも。ユーザーとの双方向なコミュニケーションを生む機会づくりの中心を司るのが三村だ。

    「しゅくだいやる気ペン」「大人のやる気ペン」。子ども用と大人用。出そろったその先に、目指すものは何だろうか。田中はこう語る。「文具は何のためにあるのか。それは道具だけでなく、学び方や生き方に発展していく。まだまだ空白地帯はたくさんあります」。その言葉を受けて中井は「人間が幸せであるために必要なのは、学び続けることです。でも人間は弱い。だから何か助けるものをつくりたい。それはペンじゃなくても『やる気』という無形の文化づくりを担っていければ。そう思います」。

    素人だからこそ、フルスイングで三振してもいい。それが若手の特権だと中井は笑って話す。学び続けたいと思える世界をコクヨがつくれるかどうか。その実現はまさに、新しく入社する人たちの「やる気」にかかっている。